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読書とは別で、私は好きな写真集やら雑誌やらを繰り返して何度も何度も見るんだけど、(疲れてる時には有効なんだよね)昨日もそんな本を眺めておりました。 雑貨スタイリストの伊藤まさこさん著「まいにち つかう もの」という雑貨の本。 ごはんが美味しく炊ける土鍋とか(最近気になる)、150年前のすす竹を使って作られる竹のお箸とか、モロッコ製の皮のスリッパとか(これは買っちゃったー)、カシミアのひざ掛けとか、とにかくじっくり長く使えそうな「いいもの」がたくさん。 もちろん安いものではないんだけど、手が届かないほど高いわけでもなくて、むしろ長年大事に使うことを考えたら、まにあわせで今イチ気にいらないものをなんとなく使い続けるよりよっぽどいい。(この「間に合わせ」については、糸井重里のページにも書いてあったなぁ)
自分にとってのそういう「もの」を見つけた時って本当に嬉しいし、大切にしたいと思う。 例えば私の場合、かれこれ15年同じものを買い続けているサベックスのリップクリーム、とか、飴色になるのが楽しみなフランス製の柳のカゴとか(買った当時の私には高かった!)、これまたあまりにも定番だけどデュラレックスのピカデリーとか。(10年使ってもまだ全然丈夫)
そういうの、少しずつ増やして行きたいなあ、と。
だから、いろんなスタイリストさんが出版しているこのテの本は大好きで、人それぞれの思い入れを知るのが楽しい。小澤典代さんの本とか。 前田まゆみさんの、リネンに対する想いとか。
オリジナリティがあればあるほど憧れてしまう。
でも、たくさんの人に愛される「いいもの」ももちろん魅力的なんだけど。 だってルクルーゼの鍋とか絶対もっと欲しいもん。 (パンプキンの形のやつ欲しい!) 柳宗理のミルクパンも、Henryの掃除機も。
と、考えるだけで幸せ...。 そうやって、生活に関わる「もの」が、積み重なっていく感じに、憧れるのですよ。
これは、イラスト&散文集。私はデレクジャーマンが最期の時間を過ごした彼の家と庭にとても惹かれていて、いつか見てみたいと思っているんだけど、この本を描いた小渕ももさんは、あるきっかけでその場所に行き、その庭に大変なインスピレーションを感じてその場で数十点のイラストと文(作品)を描いてしまったのだそう。そしてその作品を知人に送ったら、その人がぜひ本にしましょう!と提案して、この本が出来上がったのだそうです。
余計な事が全てそぎ落とされたようなストイックなその庭は、でもとても美しいのです。エイズで逝った彼が、自分の最期を過ごす場所と決めた、イギリス、ダンジネスの浜。近くには原発があって、誰も住まないその場所。
小渕さんのイラストを見ていると、何か、納得してしまう。 孤独だっただろうけど、死が怖かったかもしれないけど、それは多分とても濃い「生」を感じる日々だったんだろうと。 その中には澄んだ幸せのようなものがあったのであろうと。
いつか、行ってみたい。
その庭を見てみたい 。
「水は答えを知っている」という本を読んで感動。綺麗な水の結晶が表紙で、前から気になっていたんだけどその時に限ってお金を持ってなかったり、他にもっと欲しい本が見つかってしまって買わなかったりしていた本で、やっと私のもとにやってきたという本。
人間の発する言葉や意識がどれだけまわりに影響を与えているかを、水の結晶を使って証明している。とりあえずびっくりしたのが、同じところから採取した水をコップにいれて、それぞれに「ばかやろう」という文字と、「愛、感謝」という文字を見せた後に、それぞれの結晶を観察すると、「ばかやろう」の文字を見せた水の結晶は形がばらばら。つまり結晶にならないのに対して、「愛、感謝」を見せた方は、そりゃぁ綺麗な繊細な、形の整った結晶を作ったというもの。もちろん日本語に限らず、他の国の同じ意味の言葉でも同じ様な差がでていた。 同じような条件で、かたやクラシックを聴かせ、かたやヘビメタを聴かせたり、とにかくいろいろな実験をしていて、その結果 を科学的に証明している。
本の中には実際の写真もいっぱい載ってるんだけど、ほんと、その差は歴然。びっくりする。 ちなみに、人間の成分の70%は水なので、当然、ネガティブな言葉を浴びせられた人間中の水の結晶は、バランバランになっているということ。 水には、人間(に限らないだろうけど)のそういう意識(波動)が転写 されているんだって。ちょっと怖い感じもするけど。しかも、水同士?は繋がっていて、湾岸戦争中に大規模な爆撃があった前後では、いつもなら綺麗な結晶を見せてくれる日本国内の天然水の結晶が見事にくずれたらしい。
とにかくそういう話しがたくさん載っている本なのです。この本は、日本よりも海外での反応が大きかったらしく、著者の方は世界中にこのことを伝えているようです。もともとは自費出版だったらしいけど。 すごいなぁ〜。この人の話し聞いてみたいなぁ。
ちなみに、国内の水道水は、塩素の影響で結晶にならないそう....。それと、ペットボトルで売られているいろんなミネラルウオーターも今イチ綺麗な結晶ではないんだって、なんで?と思ったら、水は流れている状態が本来の姿で、閉じ込めたり、流れが滞ってしまうと、どんどん澱んでいくんだそう。なるほど、だからキレイな川の水がすごくおいしいわけか。 ということは、人間の体内を流れる水(血液その他)も同じということで。
...と、とりとめもなくいろいろ考えてしまうけど。 とにかくこの本、おすすめ。ありがちな、無理矢理ポジティブシンキング!みたいな本とは別 格です。何も誇張せず、ただ淡々と、結晶が映し出す事実を伝えています。ちなみにこの本の第2弾も出ているみたいなので、さっそく読んでみる!
→(後日談)第二弾も読んでみた。こちらもおすすめ。
第98回芥川賞&中央公論新人賞受賞作品
大好きな本です。
この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない。でも、外に立つ世界とは別 に、きみの中にも、一つの世界がある。きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。たとえば、星を見るとかして。
二つの世界の呼応と調和がうまくいっていると、毎日を過すのはずっと楽になる。心の力をよけいなことに使う必要がなくなる。水の味がわかり、人を怒らせることが少なくなる。星を正しく見るのはむずかしいが、上手になればそれだけの効果 があがるだろう。星ではなく、せせらぎや、セミ時雨でもいいのだけれども。__本文より
これは冒頭の2頁の文章です。
「僕」と佐々井にまつわる出来事を描いた物語自体は、特に大きく盛り上がるわけではなく淡々と語られます。佐々井のちょっと他の人とは異なる言動や、次第に影響を受けていく「僕」の様子、その根底にはこの冒頭のエッセンスが間違い無くあります。それはもちろん池澤さんの基盤にあるものなのでしょう。
文中に雪が降るところの描写があるのですが、ここの美しい文章を読んだ時にものすごくゾクゾクしたのを覚えてます。まるで自分が「僕」になったかのような、気持ちの良い感覚でした。ラスト、えっという感じで飄々と終わります。読後感が爽やかで、サラリとした気持ちになれます。
池澤さんの文章は、とても透明感があり、理知的で、優しい。
「しなやか」という表現がぴったりくる。
とても好きな作家です。
あ、短い本なので読みやすいですよ。
みうら氏は小学生の頃から、ノートに仏像のスクラップを作っていたというディープな(相当変わってるよな)人らしい。そのノートというのが、お寺の拝観チケットや写 真の脇に熱い感想文まで書かれてあるという熱の入りよう。そんなみうら氏がいとう氏を誘い、全国各地の仏像を見物しに行くという企画。基本的に仏像の前で悦に入るみうら氏をいとう氏が暖かく見守りつつ分析していくという流れなのだが、く、くだらない(笑)しかし、仏像にまつわるアレコレを当時の政治や、仏彫士・庶民の気持ちになって推理していく論客は説得力がある。もしかしたら下手な仏像解説本よりも本質に近いのかもしれない。何よりこの人たちってば仏像に対する愛情がありあり!(なんでそんなに仏像ラブなのかはわかんないけど。でも仏教とか思想には入っていかず、あくまでモノとしての仏像ラブみたい。愛情というか、フェチだな。)ちなみに寒河江の慈恩寺や立石寺(山寺)も登場します。
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これまたくだらない本ですね〜(笑)
観光地なんかによくある、ベニヤ板に描かれた水戸黄門の顔の部分に穴が空いてて、そこから自分の顔を出して記念写 真撮るやつ(撮るか?)、あれを「顔ハメ」というそうです。そんな顔ハメの傑作を全国各地から選りすぐり紹介した一冊。いや〜、世の中には我々の想像を絶する発想の持ち主がいるようで、人の形をしているのはまだマトモで、いやいやそれ何の記念なのよ!てか、そもそもソコに穴空いてちゃダメ!なものまで抱腹絶倒の数々。
どんな顔ハメでも企画が通り、製作される訳で(芸術っていうより商用物でしょコレ)。こういう破天荒な顔ハメが製作されるとは、(センスはともかく)なんてアグレッシブなのかしら、と感心。そしてそれを設置する所って。。