■ 工藤 25歳 ♂ しし座 mail (2002.08.22)
そのままの自分。今まで蓄積してきたもの全てが才能、個性。僕は「才能ある、ない」というのが実はよくわからない。色々なものに受け手なり評価なり価値観なり順番なりがぐちゃぐちゃ絡んでるから、何もかもが千差万別
十人十色なのは当然な訳で。でもそれが時としてちょっとうっとうしかったりして、正面
から自分と向き合えない場合もある。実はそこは大きな分岐点で、自分の「才能」となりうるかもしれないものを落っことしてるのかも。
例えば音痴な人が歌う歌は、ひどく聴き苦しいかもしれないけど、誰かの心を突き動かす力を秘めているかもしれない。歌い続ければ何かが変わるかもしれないし、変わらないかもしれない(上達もするかも)。歌うのをやめれば何も変わらずそこで終わり。
生まれつき持っているものもあるだろうけど、引き出して伸ばせるもの、伸ばせるかもしれないものも「才能」ではと。そしてその「才能」はぼろぼろと無限に増えます。無理すると無理が出るから、自然なのが一番。派手になるとケバいしね。一本どんと信念通
して誇れるものって素敵です。
■ チャミ 24歳 ♀ mail URL (2002.2.18)
やっぱり、信じる力だと思ったよ。
■ xun 21歳 ♂ 学生 mail (2002.2.10)
『アート』なんて関係ないんだ。 どんなことにもひたむきに、前向きに。
更なる高みに挑戦し続ける情熱とスタミナ。 背中をみたら、かっこいいと思う。羨ましい。
「才能」ってコトバ。幼いころから耳に触ったんだ。 なんか、敬遠されてるみたいで厭だったんだ。
でも、好きだったから没頭した。カタチはいろんなふうに派生した。いろいろやってみた。
まだ、まだこんなにすごいやつらがいる。 震え上がる。 俺もがんばらにゃ☆
『知らないころが多すぎる。 もっと知りたい。 感じたい。 やってみたい。
わかってもらいたい。』 こんなことの繰り返し。 この先にみえるのはミエナイ理想の自分。
やりたいからこれができないと! これができるからやりたいんだ! そんなことどっちだっていいんだ。
■ momo☆ 25歳 ♀ MUJIのひと (2002.2.4)
才能とは、努力して得るものではなく、 気づけば持っているもの。
それは生まれた瞬間から。
■ 山ざわ 25歳 ♂ デザイナ (2001.8.24)
才能というか個性の話になるんだけど。例えば、自分は人と違うんだとか、目立ちたいとか、そうやって出てきた個性には嘘臭さを感じる。人と違わなければならないなんて脅迫観念に縛られるのは本末転倒であって。ごく自然に自分からこぼれ落ちるものがその人の個性なんじゃないかな。無理せず自然体。知らず知らずに自分を決めつけるのが人間だから、逆にそれが難しいのかもしれないけど。同じモノを見ても感じ方は千差万別
。それでいい。それがいい。自分にとってイイものでればそれはイイもの、誰かに決められるものではない。
でも、でも。ひとりだけで生きてきたなんてのは絶対に嘘。 こんなふうになりたいなぁと思ったり、
すごいなぁと思って誰かの真似をしてみたり、 全部全部含めてそれでもアナタはアナタしかいない。
だからsmzkさんの言う「感謝」ってのはよくわかる。 全ては感謝であり
変換のしかたが少しづつ違うんだってコトなのかな。
■ smzk 22歳 ♀ ウェブづくり mail
(2001.8.22)
みなさんのテキスト読みました。おもしろかったので、また覗いてみました。「才能のあるひとは”才能”とうことばをくちにはしない」と父から言われたことがあります。その時、はっと気づきました。それは、じぶんが向き合うものに集中していない証拠であるとおもいました。陶酔してなかったのでしょう、その時のわたしは。よけいな言葉が多い時ほど、人間は醜いものです。山さんの言ってたように自然森羅万象にかなうものは無いのかもしれませんね。それらを倣いたいと思い、創作することは、それら自然森羅万象に対する尊敬の意があるからなのかもしれませんね。
これからもみなさんの掲示板たのしみに捲ってみます。草々
■ コウヘー 25歳 ♂ URL
(2001.7.03)
興味あって 面白いって思えて だから続けてたら それも才能って呼べるモノになると思う。
そんなのたくさんあるといいな、と思う。
■ 山ざわ 25歳 ♂ デザイナ (2001.7.02)
最近こう思うんです。例えば朝日をいっぱい浴びた新緑の透きとおるような緑だったり、厚い雲の隙間から差し込む陽の光だったり、どこまでも続くかのように規格整理された水田だったり、風にざわめく木の葉の音だったり、川のせせらぐ声だったり、或いは古い蔵の白壁と風雪の染み込んだ黒塗りの木柱のコントラストだったり、ふと目をやれば、耳をすませば、美しいものはたくさん有る。それどころか神が創りし「自然」や「偶然」の産み出す美や感動にかなうものなどないのでは、と思う。その大きな美(それは大きな愛から来るものであろう)の前では自分の才能など取るに足らない小さなものだ。その大きな力に身を任せること、ちょっとしたきっかけを与えてカタチに残すこと。それを強く感じさせてくれるアーティストが好き。
才能とは自分の力を誇示するためのものではなく、認めてもらうためのものでもなく、僕らがこの世界と対話するために、社会とのコミュニケーションのために、よりよい生活を創造するために、未来への遺産を残すために、与えられたものではないか。それは何も芸術に限った話ではなくいろいろな方向がある。「自分が好きなこと」と「大きな力」がリンクしたところに大きな美が生まれ感動を呼ぶ。コミュニケーションが生まれる。未来へと未来へとつながってゆく。才能は誰もが持っている。誰もが何らかの形でこの世界に生きている意味がある。森を守りたい、花を育てたい、古代先人の意志を語り継ぎたい、おいしい料理を食べてもらいたい、人の命を救いたい、人に笑いを提供したい、真実を報道したい、誰よりも早く走りたい、高く跳びたい、、、どのような形であれ、そこに真実の気持ちがあるならば、それはかけがえのない仕事ではないだろうか。そこにはかけがえのないコミュニケーションが生まれるはずだ。
■ あゆむ 24歳 ♀ mail URL (2001.2.18)
一般的にいわれるところの「才能」って、持って生まれた能力、ポテンシャルなのかもしれない。わたしのイメージの中での「才能」というのもそれに近い。ただ、ある人が突出した能力をもっていたとしても、第三者がその能力を「才能」と判断するか「努力でカバーした」と判断するかは、難しいところ。というか、白黒判断つけるのは、とても難しいのだろうと思う。なにか、人を惹きつけるような能力を発揮する人は、少なからず努力をしていると思う。だから、簡単に「あの人は才能があるから」とか「あの人は天才だから」といって、そして「わたしは才能がないから」とあきらめたりするのは、努力している人に失礼だし、ナンセンスなことなのかな、と思う。
■ ヤヨ ♀ URL (2001.2.14)
才能?自分の脳みそをうまく操ることが出来た人間に発揮したもんでしょ?っていうか人間って、自分の脳を上手く操ることさえ出来れば才能というチンケなもんじゃなくて全てに対して飛躍的な思考が出来ると思う也。っていうかヤヨバカだからさっぱりわかんないね。
■ rei 25歳 ♂ mail URL (2001.1.22)
才能なんかクソくらえ!だ。ある人が言っていたんだ。天才ってのは才能のある人の事じゃないんだよ。何かに夢中になれる人の事なんだよって。その言葉に救われた
■ ポッケ ♀ 23歳 mail URL (2001.1.18)
中村一義さんの歌に「天才とは」というのがありますね。とてもいい歌です。
いつか雑誌で、南果歩さんが、才能とは?の質問に、「信じ続けることです。(キッパリと)」と答えていました。
私も、そうかな、と思います。でも、芸術以外の、例えば「主婦業」にだって才能のある人っていると思います。なんだろう、、、、。才能。
その人らしさがにじみでてるってことをその人に感じるもの、かな。
■ MIHO ♀ 16歳 mail URL (2000.10.22)
才能は全てのものが持っているもの。 私にはまだそれが何かはわからないけど。
何をやっても全然ダメって人はいないと思う。 例えばドラえもんののびた君は勉強も運動も何もかもダメだけど、射的に関しては素晴らしい才能を持っている。つまり才能とは人が必ず1つは持っている長けた部分だと思う。花とかにも才能あるよね。動物も植物も人間もみんな持ってる素敵なところ。
■ ごう 20歳 ♀ mail (2000.9.15)
再び登場です。みずほさんありがとう。というか、私が思っていること、うまーく言ってくれてるんだよなー。「才能」って、芸術の中でよく使われてるけど、もちろんそれだけに限んない。何にしても、いくら小さいことでも、誰か一人にでも自分を認めてもらえるってことが、私は大事だと思う。芸術家にもそう思っている人いるでしょう。たぶん(現に楡玄)。ほめ言葉にすぎないよ、たった2文字の「才能」なんて。(けしてけなすつもりは・・・)
■ isono 20歳 ♀ mail (2000.9.13)
才能って、何でしょう?んー、持って生まれた幾つかの可能性ですかね。向き不向きってヤツですかね?環境とか運とかも重要だけれど、500円さんの書き込んでいた『思い込み』って、凄く大事だと思う。誰かにちょっと誉められたりして、嬉しくなって、自分にはこれがいいんじゃないって勘違いして、そうやって始まる。その後は、その人の行動次第ですか?
■ みずほ 22歳 ♀ mail URL (2000.9.12)
才能ないよ。でも必要でもないよね。 私って才能ないの、なんていう人すごい嫌いだけど、でも私はないな。
「才能っていうのはやる気」っていうのも、ははぁなるほどって感じしますね。天才ですら99パーの努力と1パーの才能なわけでしょ。努力とかやる気を継続させること自体が才能だよね。才能ってのを低レベルにしたら誰でもある意味才能ある人だよね。でもすごいから才能なんだよね。たぶん万人から認められるのが才能だよね。でもそうでない才能もある種才能でしょ。だから才能ってね芸術関係の人はほんま悩んじゃうんだろうけど、今の私は小さな私のまわりの環境の中で私というものを認めてもらえることが理想、私のある種の才能ってのは私自身、認めてくれるのは万人じゃなくってよいや。あ、でもやっぱ芸術家は才能のためにがんばんなくちゃいけないのさ。ある種じゃだめだから苦しいのさ。でもやっぱ憧れちゃうんだよね。
■ lime (2000.9.12)
ん〜 なんやろう???才能ていうんは 上手く言えんけど 価値観 経験 表現力
なんやろうと 思うけど おいらは よく わからん・.・(笑) そんな感じで!(笑)
■ ごう 20歳 ♀ mail (2000.9.11)
ズバリ、「才能とはやる気」だと私は思う。この言葉をモットーに、毎日デザイン学校に通
っています。単純に、初めて自分の絵を誉められたとき、もっと上手くなって、また誉められようと思った。どんどん絵を描いて、上手くなるために頑張ってきた。そのうち、自分がいきいきしているのを感じてくる。「楽しくてしょうがない」から。
「誉められたい」<「自分が楽しみたい」に変わってくる。そうしていくうちに、自分のものだけの世界が出来てくる。ここまでの課程に、どれだけの「やる気」があったのか。そのひとだけにある、何らかの才能。その秘められたものを、「やる気」をだして、表に出さないと意味がない。ある程度で満足してたらもったいない。あくまでも、私の信念ですけんど。日々向上っす。 ああ、すっきりした。
■ ナリ彦 22歳 ♂ mail (2000.9.11)
僕の教わった先生が言ってたけど。 才能とは歳能なんだって、時をかけてじっくり磨きあげる事が才能なんだって言ってた。自分でも忘れるところだった。
■ AQUA 19歳 ♂ mail (2000.9.11)
こんちわ、才能の話し? まあ、山ちゃんの才能は絵を描くのが才能だよね
俺は、、、やっぱゲームかな〜? 小学校の頃からファミコンやってたし
ゲームの才能が小学校の頃に付いたのかもしれない
■ 500円 22歳 ♂ mail URL (2000.9.10)
才能ですか。なんだろうなー。 自分で思い込まないと才能も埋もれるんでないかなー
あと、まわりも環境も関係あると思うんだけど。 例えば誰かから突然ホめられると、
『エ!?オレってスゴいの!?』 と、思って、そこからやりはじめたりってこと、よくあるし。
ダメだと思ってあきらめてるとロクなもんできないけど、 ひょんなところで評価されてまたやる気になったり。
あ、才能からやる気の話になってた!! それで、ぼくが最近よく思うことで、大事なことは
『情熱』 『自主規制しないこと』 の二つだと思って、そしてその二つとも
『思い込み!』 が根っこにあると思うんです。 そして、『才能』も、『思い込み!』なのかもしれないとも思います。
ここでゆう『思い込み!』は良い悪い関係なく『思い込み!』です。 良い悪いは主観だから。
で、要は迷っても迷っても最後にひとつの思い込みにどっぷりはまれば、
きっとなにかが見つかるし、誰か(本人も含めて)がそれを『才能』と思えば、きっとそうなんじゃないかなー。
と、僕は思います。 ヘタな文でゴメンなさい。しかも長い!
■ ミノ ♂ mail URL (2000.9.9)
こんばんわ。 才能に関して、僕もまあ絵を描いてるんであれこれ思ったりします。
でも、「いい絵」ってのはきっと才能のあるなしに関係なく、 描かれるものなんじゃないかなって思います。
問題はどれだけ真摯に表現できるかです。 そのためにあれこれ考え、悩み、学び、描く。
難しいけど。 てくてく歩いていけば、いつかは山頂に近くなるってもんです。
そうじゃないと救いがないです(笑)。 などと今は思って絵を描いてます。
■ めがお 20歳 ♀ (2000.9.8)
突然のレスで申し訳ございません。 何かに書いてありましたが、鋭い表現の持ち主には「欲望者」と「絶望者」の二つのタイプがあるそうです。
わたしがリスペクトする人たちには、偶然にも数奇な人生を送ってきた「欲望者」が多いです。やはり、満たされない何かを命を懸けて満たそうとする欲望者の表現力やその量
はハンパじゃないと思います。そして、その必死さにわたしは惹かれるのだと思います。
わたしは個性は生まれ持ったものが大きいと勝手に思ってるし、それを大切にしたいし、もっともっと磨いていきたいです。そして作品に「アティテュード」をだしていけたら、って。でも、わたしの個性ってなんだろう、って。誇れるものって?って。
才能。よくわかんなくなってきました。長くてすんません。
■ まる 24歳 ♀ (2000.9.8)
確かに、なんとなく自分の中でのヴィジョンがあるのに、表現できない手や、言葉や、頭をもどかしく思うことって沢山あるんだよね・・・。
でも、不器用なこの体と心で、いくしかないんだよね! なんか、mimiちゃんの「才能のあるなしじゃなくて・・・」って言葉が良かったもんで、レスしてみたくなって、しちゃいました!(笑)
■みみ 21歳 ♀ mail URL (2000.9.7)
才能。。。 私も悩むよ。 才能あるないより、自分のやりたいことと、
今自分が出来ることが違い過ぎて、いらいらする。 まだ、本当に書きたい曲が書けない。
練習もそうだけど、イマジネーションが膨らまないんだ。 だから今はとりあえず、出来ること頑張ってる。
納得は全然してないけど、やらないよりはましかな。 芸術関係ってむずかしい。
個性とか、才能とか、いろいろね。
■まる 24歳 ♀ (2000.9.7)
昨日、「才能とは何か」について、友達と語り合った。 結局、結論でずじまいだったんだけど、
才能とは、突出した「でっぱり」ではなく、欠落した「へっこみ」なんではないかと少し思った。なんとなくだけど・・・。
才能のある人は、自分の「へこみ」をさらけ出して、リスクを背負ってる。そういう人たちが作り出したものが心を動かすのは当然だよね。
だから、「ある」っていう状態ばっかりに目がいって、なにかを持ってる人を見て、うらやましいとか妬ましいとか思って、ひねくれて生きるにはやめよう。そして、私もできることならリスクを背負える人間になろう。それで、背負えなかったら、素直にすごいものをすごいといえる人になろう、と思ったわけさ。
だから、第一歩! 山ちゃんの絵あたし好きですわ! うーん、「突然なんだ?」って思われそうなカキコになっちまったい。
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